2018.06.20
何もないところから何でもつくっていける子どもたち
保護者インタビュー 高橋靖典さん・紫乃さん(後編)
【高橋靖典さん・紫乃さんご夫妻】
都会で子育てをする中でシュタイナー教育に出会い、シュタイナー学校に通わせることを決めたという高橋靖典さん・紫乃さんご夫妻。藤野の学園を訪れたものの、天気が悪かったこともあり、暮らしのイメージが持てなかったという藤野の印象は訪れるたびに大きく変化していったと言います。後編では移住を決めるきっかけ、実際の暮らし、学園に通い始めた子ども達のお話しを伺いました。
藤野の印象が変わったきっかけがあったのでしょうか?
靖典さん 家も探さなくてはいけないなと思い藤野にきて、野山の食堂(ふじのアートヴィレッジ内にあるレストラン)で食事をしていたら地元の方、中村賢一さんに声をかけていただいたんです。藤野に何しにきたの、なんて話から家を探しているといったら、その日のうちに3軒も案内してくれて。その方は不動産屋では貸し出してない、地元のつながりでしかわからないような空き家情報を親身になって教えてくださって。
紫乃さん もし家が見つからなかったら、見つかるまでうちの二階に住んでもいいよ、なんてことも言ってくださり、びっくりして。あまりの親切さにカルチャーショックを受けたんです。
靖典さん 二度目に来た時には、また中村さんからトランジション活動(石油エネルギーに依存しない持続可能な社会に移行していくことを目指す市民活動。)のメンバーも紹介いただきました。その方が、日本にトランジション活動を持ってきた榎本英剛さんで、娘さんが同い年でシュタイナーの同級生のお父さんでもあることもわかり、地域で活動されている様々な方々とのつながりが広がりました。今の社会は、お金が介在しないと成立しないことが多いけど、藤野では人のつながりで何かが成立していったりする。引越しをする直前には東日本大震災もあり、様々な状況下の中で、つながりがある暮らしこそが豊かな暮らしなんじゃないか、という思いを持ち始めていた時でもありました。藤野はまさにそんな暮らしが出来る土地でした。
地域のつながり、と聞くと大変そうなイメージもあります。
紫乃さん こんなにご近所付き合いがあるような地域に住むのは初めてだったし、夫はもともと社交的なタイプではなかったので大変なこともあるかな、と想像していました。でも来てみたら全く苦にならなかったんです。道を歩いているだけで何人もの知り合いに会うような暮らしだけれど、心地よい距離間で付き合えて重くない。ここでは一人一人が暮らしに対しての気持ちが自立している、その上でのつながりや助け合いだからなんだと感じます。
靖典さん 僕は田舎暮らしをしたことはなかったけれど、企画を立てたり、仕組みを考えることは得意だった。藤野でアイデアを形にしたいけど方法はどうしようかな、と思っているような人に出会ったことで、地域の中でも自分の力を発揮できる場があるんだと思いました。日本だと、やることをすぐ使命化して重くしてしまいがちですが、藤野はやりたい人がやりたいことをやるというスタンス。それはすごくいいなと思います。
人のつながり以外で、都会から田舎に移っての暮らしはどうですか?
紫乃さん 都心で育ったのもあり、どこかで田舎への飢餓感がありました。わたしはお花や俳句を小さい頃から続けてきましたが、ずっと花屋さんで買った花を活けていました。でもここでは野山に入って行って、自分の手で摘んだ花を活けるようになった。実体験がないからネットで調べたりしていた俳句の季語を、ここでは暮らしの中で感じることができる。自然に触れて暮らすことの素晴らしさを実感しています。
靖典さん ストーブ用の薪を割ったりとか、大変なことももちろんあるんですけれどね。まさかこの年になって薪割りするとは思っていなかった(笑)。
学園に通う娘さんたちの様子を聞かせてください。
紫乃さん 子どもたちは土日なんていらない!っていうくらい学校が大好きなんです。子どもにとって学校で過ごす時間ってとても長い。生活の半分以上は学校で過ごしていて、言うならば「全て」と言えるくらい大きな存在です。だからそんな場所が楽しいっていうことは、世界そのものを楽しいと思えるきっかけになっているんじゃないかと思います。
靖典さん 学園での学びは、詰め込み教育を受けてきた自分たちからすれば、かなりゆっくりなペースに感じます。でもその時間で学びの楽しさを培っているから、自分から学んでいく意欲が高くて、今では長女はお小遣いでドリルを買ってきては解くのを楽しんでいたり。
紫乃さん 自分が子どもの頃は、何もかもを指示されてその通りに学んだり答えを出すことが当たり前だった。でも今ここにいる子どもたちは何もないところから何でもつくっていける子どもたち。その姿に大人のわたしたちがいつも驚かされているんです。
紫乃さんの「何でもつくっていける子どもたち」という言葉がとても印象に残ったインタビューでした。この藤野という町は商業施設もチェーン店もほとんどない「何もない」町に見えるかもしれません。でもその何もない町には、求めるものを自分たちでつくり出し、暮らしを築いているたくさんの人がいる。シュタイナー学園での学びと重なるかのように、ここ藤野もまた「何でもつくれる」町なのかもしれません。高橋靖典さん・紫乃さんありがとうございました。
ライター:中村暁野