2021.06.23
12年劇が育む人間形成~後編~
学校法人シュタイナー学園 ニュースレター
VOL.109 2021.6.23
演目は、「12年劇にタブーなし」といわれるほど自由に決められます。教員からも作品紹介はしますが、教育的意図やシュタイナー学園らしさではなく、生徒の嗜好、人数、特性、時代性などにより彼ら自身が決めていきます。19期生は、シンガポールの娼婦たちの群像劇「からゆきさん」を演じました。「高校生に娼婦の役を演じさせて良いものか」と思われるかもしれませんが、実際のからゆきさんには14〜15歳の少女たちも多かったのです。生徒たちの若々しさは、重いテーマに透明感を出すこと、その時代のその立場の女性の苦しみに、より実感を持って寄り添うことに寄与していたと思います。
総合芸術といわれる演劇の効用は、わかりやすいところだけでも、表現力、記憶力、言語能力、製作や音楽の技術、コミュニケーション力の向上などたくさんあります。やや内向的だった生徒でも、学園でさまざまな表現活動をしてきたことで、卒業後のゼミや職場でのプレゼンテーションなどの機会に落ち着いて発表できて助かったといった声も聞きます。
私自身は、「他人の生を生きる」ことの擬似体験がもたらす人間形成という観点を重視しています。人間は自分の体験したことには強い印象を持ち、似たような立場の人への理解と共感も生まれます。しかし、一人の人間が体験できることには限りがあります。学園では普段の授業のなかでも、素話や神話、歴史、国語、外国語など授業を通じ、時空を超えて人物像を掘り下げていきます。人となり、成し遂げたこと、成し遂げられなかったこと、犯した過ちや苦しみも含め、生き生きと学ぶことで人間理解を深めます。全く異なる人物を演じることは、人間理解の層をさらに豊かにします。
前述の「からゆきさん」は、登場人物の多くが天草出身という設定のため、生徒たちは長崎出身の保護者の協力の元、長崎弁の発音を徹底的に練習しました。長崎の言葉の美しい響きに浸り、自ら習得し、記憶して発話することで、一つの言語文化に深く触れることができたことも収穫だったと思います。
NPOだった時代の6期生は、12年生が2人だけでした。彼らが演じたのは井上ひさしの「父と暮らせば」です。二人の生徒は広島に旅し、原爆体験者の話を聞き、本や記録を読み、自分たちにできる精一杯の「知る試み」を経た上で、その時代に生きるその立場の人々を演じました。それは見た人に大きな感動を与える劇でした。二人とも演技者ではないし、見せたい、感動させたいという表現そのものへの欲求というよりも、学んできたプロセスの最終段階としての公演でした。にも関わらずそれは、いずれの商業演劇でも体験したことのない、崇高なまでの美しさと印象を、10年以上たった今も記憶に蘇えらせてくれます。
シュタイナー学園の12年劇は、演劇が好きで表現への適性を持つ生徒だけではない、おそらくもう一生演じることはないであろう生徒も含め、あらゆる生徒が演じるからこその透明な美しさを持ち、見る人の心を動かすのだと思います。彼ら自身の人間形成という目的の副産物ではあるとはいえ、観客の皆さんが楽しんでくださることはありがたく、生徒への大きな励ましであることも事実です。新型コロナウイルスの懸念なく、こうした発表を自由に見ていただけるようになる日が待たれます。
ライター/教員 浦上裕子