2022.03.16
健康と成長を支える音楽のちから ~アントロポゾフィー音楽療法(前編)〜
学校法人シュタイナー学園 ニュースレター
VOL.128 2022.3.16
今回は、シュタイナー学園や保育園に通う子どもたちや関わる大人たちの健康や成長を支えている「アントロポゾフィー音楽療法」についてお伝えします。
アントロポゾフィー(人智学)というのは、シュタイナー教育を創始したルドルフ・シュタイナーが確立した思想・哲学のことです。シュタイナーは教育だけでなく、医療や芸術、農業、建築、経済などたくさんの分野への提言や実践を行いました。
アントロポゾフィー医療はシュタイナーとイタ・ヴェークマン医師を中心に、今から100年ほど前から実践が始まりました。それは現代医学を基に、さらに視野を広げて人間の身体・魂・精神をまるごと捉えて支えていくホリスティック(全人的)医療です。そして音楽や絵画・彫塑、オイリュトミーなどの芸術の力を生かした療法を、基本的には医師が「処方」するのが特徴のひとつです。
では音楽のどのような力が療法として生かされるのでしょうか?
皆さんは、リズミカルな音楽につられて自然と身体が動いたり、美しいハーモニーを聴いて心が洗われて思わずため息をついたりしたことはありませんか? または懐かしいメロディを耳にした時にその時代の情景がありありと思い浮かんだ経験はないでしょうか? そんなふうに音楽は人間の動きや感情、呼吸、記憶と深く結びついています。
そして楽器や音にも個性や役割があります。同じメロディでも、楽器の種類や声質によって聴いた時に受ける印象は変わります。また楽器を吹く時、指や弓で弦を鳴らす時、バチで打つ時、あるいは歌う時、私たちは様々な動きや呼吸を体験することができます。
このような音楽の要素を、療法を受ける人の状態に合わせて導き出していきます。
音楽療法士はその人と向き合いながら様々な問いを巡らせます。「この人の困難さはどこから来ているのだろう?」「本来のこの人はどんなだろう?」「この人はどうなりたいのだろう?」。その人の容姿や仕草を観察し、その人の声や呼吸、鳴らす楽器の響きに耳を傾けながら、共に音楽を体験します。
具体例をひとつご紹介しましょう。
眠る前に不安が強くなってしまうお子さん(仮にAさんとします)と、小さなライアー(竪琴)を交互に鳴らして音でやりとりをしたことがありました。Aさんは、最初は息を止めたような固い動きで正しく弾くことにこだわり、療法士の私の音はあまり聞こえていない様子でした。けれども繰り返すうちに呼吸しながら柔らかい響きで鳴らせるようになり、私の音にも耳を傾けるようになりました。音楽と共に呼吸ができるようになると、入眠不安も和らいでいきました。
人が安心して音楽の体験に集中できた時、おのずとあたたかな静けさが生まれてきます。そしてその静けさを能動的に聴くことによって、人は自分自身と結びつき、周囲への信頼が深まっていきます。音楽が人を癒やすというよりも、音楽をきっかけに自分自身を感じて変容していく力、つまりは自己治癒力が引き出されるといえるでしょう。
次回は、学園に関わる音楽療法の実際についてお伝えします。
後編はこちら
ライター/アントロポゾフィー音楽療法士 勝田恭子