2020.02.05
9歳の危機
学校法人シュタイナー学園 ニュースレター
VOL.76 2020.02.05
3年生という学年を担う機会が、この学校や他の場で何度かありました。その中で保護者の方が話して下さった、この時期の子どもたちの特別な変化は、実にさまざまで興味深いものでした。9歳前後に起こる子どもの内的変化は、「9歳の危機」「ルビコンを渡る」と言われ、大きな節目として捉えられています。実際にどんなことがあるのか、例を挙げてみます。
*いつも友だちと一緒に騒いでいたのに、ひとりで木の上にいることが多くなった。
*周りが自分のことを話しているように思えて、幻聴まで聞こえる。
*予知夢のような、見えないものが見えたりする。
*死に興味を持つ。
*よく泣く。よく怒る。批判する。
*急に授業で手を挙げるようになり、何事にも積極的になった。
9歳頃までの子どもは、自分というものを強く感じることなく、周囲と一体のまどろんだ意識で生きています。他の人の振舞いをおのずとまねる幼い子の姿には、自他が分離されていない状態が見てとれます。けれど9歳頃になると、脈拍数と呼吸数も大人に近づいていき、体は幼児から脱却していきます。そして内面も、周囲と一体ではない、たったひとりの自分というものを感じ始め、不安定になり、時には不思議な体験をしたりします。逆に、急にしっかりして活動的になるケースも見られます。
3年生の授業では、『旧約聖書』の「創世記」が、物語として話されます。楽園で何の心配もなく暮らしていたが、禁断の知恵の実を食べてしまい、世界がはっきり見えるようになるのと引き換えに、不安や偽りを持ち始めるアダムとイヴ。楽園を追放され、自分で大地を耕して生きることになります。9歳頃の子どもの心の情景そのものです。
この時期、子どもたちは、全てが与えられる楽園を後にしたアダムとイヴのように、地上で生活するのに必要な多くの仕事を、自分たちで行うことを体験します。米作り、家づくり、料理、紙すきや鍛冶といった職人の仕事などです。それらが、自分の力で生きていけるのだという手応えを子どもたちに与え、不安を解消してくれます。今年の3年生は勉強の合間に、学園内の台所でしばしば美味しい料理を作って振舞ってくれます。なんとよく働くこと!その姿には、自分への確かな信頼が感じられます。まるで「私は生きていくのに必要なことは何でもできるよ!」と、全身で語っているかのようです。
こうして、ほんの少し開かれた「私」への扉は、12年生までの学びを通して、次第に大きく開かれていきます。けれど、唯一無二の「私」への旅は、かつて幼い頃に、まどろみの中で知っていた「私と世界はひとつ」ということを、別の次元で知る過程でもあるのです。
教員/ライター 石代 雅日